かわいひでとし日記


 

令和元年10月19日   なんだかわかんないもの  若き日の選択


何だかわかんないものに参加しようと思うかね、ふつう。



思わないでしょうよ。



だけど、三十数年前の自分は参加したのだった。

若いなあ。

偉いなあ。


東京体育館のトレーニングルームでトレーニングをしていたのだった。

あの頃はまだスポーツジムはあまり無く、公立のトレーニングルームに通うのだった。

その時、館内放送で、

「これからエアロビクスを行います。参加希望の方は、〇〇に集まってください」と。

エアロビクスってなんだ?

見たことも聞いたこともなかったが、

なんだかわからんのに参加しようと思ったのだった。

なんだかわからんのに参加した自分は、本当に若くてポジティブだったと思う。



やってみて、心底驚いたのを良く覚えている。

インストラクターのまねをして、必死でついていっただけだったが、

気が付いたらあっという間に1時間経って、汗びっしょりになっていたのだった。

こんなに汗びっしょりになるのは大変なことなのに、気が付いたら汗びしょびしょになっていたのだった。


これは本当にいい運動だなあと思ったのだった。

感動した。

こんなに汗をかける事ってなかなか有るものじゃない。

エアロビクスをやろう、と思ったのだった。

どこに行けばできるのか友達に聞いたら、ティップネスがいいよ、と言われたので、

すぐに入会してエアロをやる様になった。


ティップネス渋谷店の1階オープンスタジオは、楽しく誇らしく刺激的な空間だった。

1階にオープンスタジオとショップとフロントが有るので、

フロントで何か言っても聞こえやしないのだった。

あの当時はみんな派手なウェアを着ていた。

今では考えられない様な派手なウェアを着ていた。

ダボダボした短パンにTシャツなんていう人は一人もいなかった。


ひぇ~、みんなかっこいいなぁ、と思ったのだった。

自分も上手くなりたいと思ったのだった。

週に7日、1日1~2本のエアロをやったのだった。


あの当時、スタジオ内は男女半々だった。

ジムに行く若い男性もみんなエアロをやっていた。

そして、エアロビクスはハイインパクトが主流だった。

走りまくっていた。

そのうち、競技エアロにもハマってしまって、大会に出まくったのだった。

そしてとうとうインストラクター養成コースに通ってイントラになってしまった。



インストラクターを辞めてから20年、一切運動をせず、仕事しかしていない20年を過ごしてしまった。

そして20年ぶりにジム通いを始めてエアロのクラスにも出てみたのだけれど、

エアロがすっかり変わってしまっていたのだった。

今ではスポーツクラブのエアロビクスはローインパクトばかりになってしまった。

きつすぎること、安全性の問題などで、ハイインパクトはほとんどやらなくなってしまったのだ。

その代わりに、ダンスの様なエアロビクスが増えてしまった。

汗びっしょりにならないのだ。

運動強度が低すぎるのだ。


なので、自分ひとりでレンタルスタジオでエアロをやることにしたのだ。

一人でエアーメンバーに向かってレッスンをするのだ。

まあ、一人だからイマイチ盛り上がらないのだが、、、、。

20年ぶりのハイインパクトはきつくて、まともにできやしないのだった。

体力をつけて、もう一度、自分の立ち位置に汗で水たまりができる様になりたいと思っている。

一人エアロを始めて約1年経つので、やりたい人に来てもらってサークルにしようと思った。

汗びっしょり、ハーハーゼーゼー、きつめの有酸素運動をしたい人、どうぞ参加してください。

メンズエアロサークル

 

 

ハイレッグキック

自分にありがとう

じー頑張るダイジェスト版

 

 
 


 

 


 


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