かわいひでとし日記
令和4年11月10日      無料病      何にでも値段が有る
  
良く、知り合いが○○の仕事をしているので、○○をやってもらえる、

とか言う人が居る。

まあ、個別に色々事情が違うので一概には言えないけれど、

プロとしてやっている事を、無料でやってもらう、という事になってしまうのは、

かなりとんでもない事だと思う。


パーソナルトレーナーやってるの? じゃあ筋トレ教えてよ、

とか、

画家なの? じゃあ何か絵を描いてよ、とか、

気楽にそういう事を言ってしまう人が居たりする。

物凄く物凄く親しい人だったり、その他事情にもよるけれど、

一応相手はプロ、対価を支払うのが基本ですよね。


なんかこう、無料に飛びつく病、みたいなのが蔓延している様な気がする。

SNSを使うのも無料、報道記事を読むのも無料、テレビを見るのも無料、、、、。

なので、NHKの受信料を払うなど、とんでもないと思ってしまう。

何かを使ったり見たりすれば対価を支払うのが基本、というのは忘れない様にしたいものだ。

マスクさんが、ツイッターを有料にする、とか言っていたみたいだが、

有料になったらやめる! とか思っちゃいますが、

無料で使っているものもみんな、商売でやっている事。

有料にしないでもっと広告が増えてもいいですよ、とか、

そういう風に考えなくては仕方が無い。


ネットで何か買っても送料無料が当たり前みたいになっている。

ドライバーが集荷して、センターで大型車に積み替えて、長距離を移動して、

またセンターで小型車に積み替えて、ドライバーが身体を使って配達する、

不在だったりして再度配達する、

と考えてみれば、それを無料にするなど、かなりとんでもない事だと思える。

粗利が非常に大きい商品であるとか、

非常に多くを販売しているショップじゃないと普通なら出来ない事。

個人商店の様なところで送料無料を期待するのは酷すぎる。



利用者から直接料金を取るのではなく、

広告収入などで回しているビジネスがとても多いので、

無料で使えて本当に助かるけれど、それに慣れ過ぎてしまうのはあまり感心しない。

一応ビジネスとしてやっているのだ、だの、

利用するのだから料金を払うのが基本、だの、

という感覚は忘れない様にしたいものだ。


お店に品物がすごーーーくたくさん有るので、1個くらいタダでくれたっていいじゃねーか、

とか思っちゃうのは、ちょっと違うわけで、、、。

貧乏人であっても、最低限の品格みたいなものは失わない様にしたものです。


逆に、こんなに安くしているんだから、それくらい払えよ、という売り手側の感覚。

例えば税金。

これくらいの金額払えるでしょう、とか言っても、その税金だけじゃなくて、

やれなんとか税だのかんとか税だの、保険だの年金だの、

あちこちからちょっとずつ取られて凄い金額になってるんだ、こっちは、

という事も有りますよね。

有料のネット番組も、月額僅か数百円、といっても、あれもこれも加入すれば何千円かになってしまう。

貧乏人の辛さもちょっとわかってくださいな。


日本は世界でも珍しい国で、ここ30年殆ど賃金が上がっておらず、

物価の上昇率もかなり低い。

この店が値上げしたからもう買わない、みたいな感じでずっと来ている。

この硬直した状態が良くないのだろうと思うけれど、

やっぱり貧乏人にとっては収入が増えなければ安い方安い方へと流れてしまう。


そうであっても、無料で見るなら広告が入るのが基本、

サービスを受けたら対価を支払うのが基本

貧乏人のみなさん、いくら貧乏でも、

何かサービスを受けたら対価を支払うのが基本、

というのは頭の隅に置いておきたいですね。

姑息な手段

3500円のカツカレー

「本部」な人々


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