かわいひでとし日記
令和4年6月9日      少数意見の尊重      マイノリティ
  

学校の水泳授業用ジェンダーレス水着が開発された、というニュースが有った。

ジェンダーレス水着が開発された 性の問題に限らず「体形や肌を露出したくない」生徒の思い反映、選択は自由|よろず〜ニュース (yorozoonews.jp)

泳ぐのにこんな格好をするのか、と少し呆れてしまった。溺れそうに見える。

まあ、部活ではなく体育の授業なので、競泳ではなく水泳なのだろうから別に良いのだろう。

これは選択制で着たい人だけ着るらしい。そうすると、これを着るのが少数だった場合、

全員一緒にしてくれないとイヤだとか言い出しそう。

何事も「慣れ」なのであって、最初は恥ずかしいだの、

最初はうまく出来ないだのであって、それにだんだん慣れていくものなのではないか。

水泳をする時は服を脱いで裸に近い状態になるのが当たり前で、

今までずっとそういうものだったのに、

一部の少数意見でそれをまるで悪い事であるかの様に変えてしまうのは、

おかしいと思う。

生物学的には男性だが精神的に女性である人が、

女性のカテゴリーの競技に出場して優勝するという事例を見た。

これは絶対におかしい。

何の為にスポーツで男女分かれているのか。身体的能力が違うからでしょう。

こういうことは生物学的な性別に分けるのが当たり前だと思う。

女性用トイレに生物学的男性が堂々と入るのも間違っていると思う。

自分が自分が、ではなく、周りに合わせるという気持ちが無くては社会生活など出来ない。

こういうことをきちんと言って批判するのを恐れている世の中の様に見える。

少数意見を尊重しすぎ。まるで多数意見の様に尊重しすぎなのだ。

何を怖がっているのだろうと思うが、

これらの少数意見を押している「活動家」が大騒ぎするのが怖いわけだ。

そしてこの活動家たちの中にはそれで金を得ている人も居る。

不法滞在の外国人を擁護する弁護士が居る。

不法滞在と言う時点でもう不法なのに。

それ専門でやっている弁護士が居るのだ。

批判するとヘイトだと言う。

腫物を触る様に恐れすぎているこの世の中。

マイノリティに気づかいは必要だが、多数派が標準であっても当たり前で、

その上で気づかいをするべきだ。

自分自身もマイノリティだが、

今まで生きて来て世の中が自分に合わせるべきだなどと思った事は一度も無い。

自分が世の中に合わせて生きてきた。

それが当たり前。

ワガママな事を言う少数派を批判すると、活動家に大騒ぎされる。

これはこれで大変なストレスだから触れたくない気持ちは良く解る。

しかし、賛同したりする必要は無い。

あまりにも持ち上げすぎている。

あなたも少しは周りに合わせたらどうですか、と言っても良いと思う。

今の世の中は十分に少数派への理解は進んでいると思う。

昔は「同性愛」なんて気持ち悪いだのなんだのと思われていたけれど、

今は全然そんな事はなく、そういう人がテレビで売れていたりする。

これだけ理解が進んでいるのだから、

多数派が少数派に合わせろなどと威張って言うべきではないと思う。

多数派の人が遠慮しすぎです。

別にマイノリティではなくても、貧しいのに頑張っている人、

苦しいけど頑張っている人はたくさん居る。

自分はマイノリティであり、身体に障害を持っているが、

世の中が悪いと思った事など一度も無い。

気づかいは双方向であるべきです。

競泳トランスジェンダー選手が初優勝、称賛や公平性を懸念する声など賛否両論 NCAA選手権 - 水泳 : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

🎞字幕:

米国若手保守の旗手ベン・シャピーロがバッサリ;

「性別違和は悲しい精神疾患だ。彼らの苦しみをバカにしていけない。しかしだからといって社会が彼らの性自認という妄想に合わせることはおかしい。」 pic.twitter.com/7pCo4bBNIC

— 🇺🇸Blah🔥Come and take it🔥 (@yousayblah) May 28, 2022

https://twitter.com/yousayblah/status/1530359112353165314?ref_src=twsrc%5Etfw



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