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| 令和8年5月4日. お金の計算 お金の使い道 |
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自分の生まれた家は江戸時代からずっと、広い土地を持つ地主で、 地代が上がって来るので金の心配などせずに生きている様な家だった。 目黒区のそのあたりには自分の家の名前が地名になっていたり、 現在でも坂道の名前がそのまま残っていたりする。 自分が生まれた時でもまだ、かなりの土地を所有していて 家に居る大人は誰も仕事をしていなかったりしたものだった。 父親は物凄いお坊ちゃま育ちで、自分も小さい時はかなりのお坊ちゃまだった。 父親はお坊ちゃま育ちらしく、金には無頓着であまり欲も無く、とてもいい人だった。 そして彼は自分の趣味であるカメラや自動車に関係の有る会社を作ったのだった。 殆ど道楽の様なものだったのだろう。自宅の庭に工場を作り写真の現像などをして、 クルマで写真店に配達していた。 けれどどんどん財産を使ってしまい、自分が小学校を卒業する頃に家は破産した。 自分が小学校低学年の時に両親が離婚したのだが、昔の事だから、 「片親は良く無い」という事で、全寮制の小学校に入れられた。 小学校を卒業して東京に戻り中学生になった時には、 土地もお屋敷も失って6畳一間のボロアパート生活になった。 父親はタクシー運転手になって会社に泊まり切りになり、 自分はアパートで一人暮らしの自炊生活になった。 中学生が一人暮らしをするのだから、 何か悪い事をしたりグレたりしても不思議では無いけれど、 自分もやっぱりお坊ちゃま育ちで、グレたりする事は無かった。 さらに、全寮制の学校で規律を叩きこまれたのも良かったのだろう。 高校生になって、こんな生活をしていてもしょうがないと思い、 新聞販売店に住み込みで働く事にした。 家賃もタダ、食費もタダで給料を貰えるので、 高校生なのに小遣いはたくさん有り、学費も自分で払って、 クルマを買ったりもしていたものだった。 あの頃付き合っていた彼女も似たような境遇の人で、 姉と二人で上京してアパート暮らしなのだが、 姉が彼氏と同棲した為に実質1人暮らしだった。 1人暮らし同志のカップルで、良く彼女の部屋に行っていたものだった。 彼女は、夜はスナックでアルバイトをしており、なんだかひどく大人びた人だった。 1人暮らしで水商売をしている彼女となかば同棲みたいになったりしても、 タバコを吸ってパチンコをやったりしていても、 グレたりはせずに結構真面目に生きていたのは やっぱり自分がお坊ちゃま育ちだからだろうと思う。 高校の担任の先生も 自分達が一人暮らしでタバコを吸って水商売をしている事も知っていて、 自分達の事を気にかけてくれて、妊娠しちゃったかも、 なんていう相談をしたりもしていた。 高校の出席日数が足りずに春休みに補習を受けたりもしていた。 体育の補習は学校の草むしりとか、そんな感じで留年せずに済んだりしていた。 昔は大らかで良かったなぁ、と思う。 親戚の人から言われた事が有った。 あんたの家の家系なのよ、お金の計算が出来ないの、と。 確かにお金には無頓着で、有れば有るだけ使ってしまったりするのだ。 お金を節約しようとか、お金を儲けようとか、そういうのが一切無いのだった。 自分の場合、親など、大人が周りに居ない為に、卒業後の進路などは全部、 自分1人で考えた。 なので長期的な計画など無く、やりたい事をやってしまった。 あの仕事かっこいいな、とか、そんな理由で仕事を決めたりしていたのだった。 そんな感じでそれ以降の人生もずっと似たような生活をしていたし、 貯金などした事も無く、結局ずっと貧乏暮らしのままだった。 それでもなお、お金に無頓着で、確かにお金の計算が出来ないままだった。 50歳くらいになる頃には、さすがのお坊ちゃま育ちも世の中に揉まれて、 多少はお金の計算が出来る様にもなっていたけれど、貧乏は続いていた。 今まで生きて来て、今に至っても結局一度も10万円以上の貯金などした事が無い。 若い頃は特に、あれを買いたい、と思うともう我慢できず、 金も無いのに買ってしまったりしていたものだったが、 年齢を重ねるとそういう事を我慢できる様になるもので、 今ではカネが無いのだからあれを買うのは暫くガマンしよう、 なんて思える様になっている。 さらに、金など無くても楽しく生きていられるという確信も持てる様になっている。 まあ結局はそうなのだろう。金など貯めてもあの世まで持って行ける訳でも無し、 金よりも大事な事はたくさん有る。 金というものは生活する為のものなのだし、贅沢をする為のものでは無いのだし、 結局は愛情をカタチにする時に使うものなのだ、と思う。 振り返ってみると、なんだか楽しい人生だったけれど、ただ一つ、 子供を作らなかったのは大いに負い目に感じている。 人間の一番の仕事は子供を作って育てる事なのだろうと思うからだ。 それをしなかったのは社会に対して無責任だったと思う。 まあ、貧乏で結婚など考えられなかったのだけれど、 これもやっぱり金を稼いでそれに使うべき事だったのだろうと思う。 年齢を重ねて見ると、自分を育てて守ってくれた日本という国に対して、 残りの人生で何か恩返しをしなくてはいけないと思う様にもなった。 何かボランティアの様な事をしようかと考えた事も有るが、 自分の場合透析をしているので時間も無く、なかなか叶わない。 なので、ささやかな社会への恩返しと考えて、自分が出来ること、 エアロビクスのインストラクターとして、 若い人達に身体と心を鍛える指導をノーギャラでやっている。 本当にささやかな事なのだけれど、自分としてはこれくらいで精いっぱいという所だ。 自分の人生を振り返ってみると、かなりハチャメチャだったとは思うけれど、 社会に対して大きく逸脱する事も無く生きて来られたとは思う。 そして、ずっと身体を動かして運動を続けていたのはかなり大きな事だと思う。 若い頃はとんでもない体力が有ったものだった。 体力が有る、というのは非常に重要な事で、 病気をしても回復が早かったり重症化しなかったりもするし、 何をするにしても結局は体力が無いと出来ないものなのだ。 そして体力をつけるのは若い頃でないと出来ない事だ。 体力をつけるには体力が必要だからだ。 なので、50歳を過ぎてから運動不足だから運動しようなどと思っても、 体力をつける為の体力が既に無いのであれば、 なかなか健康に良いだけの効果は得られるものでもない。 人生はやっぱり身体が資本なのだ。 そしてお金は稼げば稼ぐほど足りなくなったりするもので、 必要なだけ有ればそれが一番良いのだ。 人生を生きる目的が金を稼ぐ事になってしまっては本末転倒だ。 自分がグレなかったのはお坊ちゃま育ちだった事と寮生活を経験したからだろうと思う。 お坊ちゃま育ちという事は要するに、上品なのだ。下品な事はしないのだ。 そして寮生活をするという事は、自分は社会の中の1人に過ぎず、 協調や規律を守る事が自分の為でもあるという事を学ぶという事だ。 自分が言うのもおこがましいけれど、世の中の子供を持つ親御さんたちには、 ぜひ、子供を下品に育てず、集団の中で規律を学び、 お金ばかりに執着しない様に育ててあげて欲しいと思う。 全寮制の小学校の時、先生が父兄たちに言っていた事を良く覚えている。 子供が一番かわいい時期に子供を手放して寮に入れる という選択をしたご父兄の皆さまのご見識には心から敬意を申し上げたい、と。 子供はペットではないのだ。別人格の別の人間で、人生を生きて年も取るのだ。 その人生の為に、甘やかして育てたり、下品な事をする様にしてはいけない。 ワガママに育てず、厳しい教育をするのも親の愛情なのだと思う。 良く、「勝ち組」などと言うけれど、意味が間違っている事が多い。 金を稼ぐ事ばかりに執着して、高級な所に住むのが勝ち組では無いはずだ。 金を稼ぐ為に卑怯な事をしてしまうのであればそれはもう人生の負けだろう。 どうか皆さま、貧乏であっても誠実に生きましょう。 そして体を鍛えておきましょう。 お金は必要なだけ有ればそれで良いのです。 ![]() おもひでぼろぼろ 宇佐美学園 全寮制の小学校 自分が一番エライと思ってしまう人々 ジョーシキがねぇなあ 青春真っただ中 今年で70歳だと言うのに、、、 人間は慣れる動物 「考える」と「やる」の違い 人間の使命 愛情をカタチにする |
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