かわいひでとし日記


 

2017.06.30       正しいトラウマ      正しい人間に育てるには  #体罰

 

幼稚園の頃、子猫を拾って抱いていたら、恐い大きな犬がその子猫を見て威嚇してくるので、

恐くなって子猫を捨てて逃げた事が有りました。

それがずーーーっと心に残っていて、今でも鮮明に残っていて、

動物を大事にしなければいけない、卑怯な事をしてはいけない、と、

自分の心の「トラウマ」になっています。

あの子猫が犬にかみ殺される映像が頭の中に浮かんで、ずっと消えませんでした。



ネコカフェで猫を放置して死なせたというニュースが有った。

経営がうまくいかなくなって、ネコを室内に放置したまま夜逃げしたそうだ。

きっとお金の事など、どうにもならない事情が有ったのだろうが、

水も飲めず何も食べられず、ドアに向かって鳴く以外何もできない猫の姿を想像したら、

せめて、ドアを開けて外に出すだけでも出来ただろうに、

と思って悲しくなりました。



人間って、これをやってはいけない、と強く思う「トラウマ」が必要なのではないか、

といつも思うのです。

子供の頃、きつく叱られたり、ぶたれたりする事は必要なのではないのか、と、いつも思います。

絶対やってはいけない事は「トラウマ」になっていなければいけないのではないんだろうか、

と、思うのです。


体罰のニュースを見る度にそんな事を考えます。

あ、これは絶対やってはダメだ、と、強く思うには、

「トラウマ」が必要なのではないのだろうか、、、、。

子供のころに強く叱られたり叩かれたりしてトラウマが出来るのは必要なのではないか、と思うのです。

 

あの、おぞましい思い出が強く残っているからこそ、

動物に留守番させる時でも、暑いからエアコンはつけていなくては、

もし自分が交通事故で死んだら、この子を引き取ってもらえる様にしておこう、

と、物凄く真剣に考えるのだと思う。

あの「トラウマ」が無かったら、そこまで考えたりはしないのだろうと思う、、、、。


何か強い「トラウマ」の様なものが有れば、

もうどうにもならないから夜逃げしよう、という状況になっても、

せめて猫を逃がさなくてはいけない! と、強く思うのではないだろうか。

強く思わなければ、「ごめん、どうしようもないんだ」で済ましてしまうのではないのだろうか。

 

他人の老後の虎の子の生活費をだましとる犯罪や、

人を殺してしまったと言う様なニュースを見るたびに、こんな事を考えます。

動物を捨てる人が居る事を知るたびに考えます。

「かわいいー」という理由だけで動物を飼って、飼えなくなって捨てる、という、

こんな恐ろしい事をしてしまうのを防ぐのはトラウマなのではないでしょうか。

自分がした事を、もし自分がされたらどう感じるか考えないほど軽く生きているんでしょうか。

やはり、子供の頃に強いトラウマを受ける事が必要なのではないでしょうか。


これは絶対にやってはいけない、と、強く思うにはどうしたらいいんでしょうか。


体罰がいいか悪いか、自分には解らないけれど、

せめて、親や先生がきつく叱る事は必要なのではないのかと、思うんです。

一度も、強く叱られたり、ぶたれたり、命令された事が無いまま

大人になっていいんだろうか、と、思うのです、、、、。

本当に難しい事なので、自分にはわからないけれど、いつも、そんな風に、

「正しいトラウマ」は必要なのではないか、と思うのです。

まあ、こういう事はケースバイケース、パーソンバイパーソンであって、

一概に言えないから、なかなか結論も出にくいとは思います。

 

人として絶対やってはいけない事をしない人間に育てなくてはいけない、

と、強く思います。



*ここで、「トラウマ」という言葉を使いましたが、専門的な意味ではなく、一般に使われている言葉として使いました。
食餌制限という意味の「ダイエット」を「痩せる事」、という意味で広く使われているのと同じ様に、心に強く残った記憶程度の意味で使わせて頂きました。

 
 


 

 


 


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