かわいひでとし日記
令和6年6月2日      揺り戻しを起こすべき時が来ている      ポリコレへの反撃
  
先日、上川陽子外務大臣が選挙応援の演説で言った事が記事になり、

その記事が大炎上した。

詳細はそれについての記事をどうぞ

【内部文書入手】上川陽子「うまずして」切り取り報道の共同通信「全くひるむ必要は無い」差し替え経緯も判明
https://news.yahoo.co.jp/articles/13d40697cc6d9479b473b91f64b1d9e780ecd9e5

https://diamond.jp/articles/-/344194


この件について個人的な意見としては、これは共同通信の完全な切り取りで、

悪意ある曲解だと思うけれど、ただ、私たち女性が(この候補を)うまずして、

と言ったのは、女性が出産する事と掛けて言っているのだろうとは思う。

共同通信の記事の酷い所は、最初は「産まずして」と書いており、

批判を浴びると「うまずして」と書き換えた事や、英語版の記事では

もう完全に違う意味で記載している事だ。

英語版では

「私たち女性は、出産をせずにどうやって女性と名乗ることができるのでしょうか」

と書いているのだ。(we women can call ourselves women without giving birth)

これはかなり悪質だ。言った事と全然違う事を書いている。

これが深刻なのは、日本の最大手の通信社がやっている事だ。

通信社というのは各マスコミにニュースを提供する会社だ。

新聞やテレビが配信を受けたニュースをそのまま報道するのだ。

これは非常に深刻な事だ。


さて、この記事から離れて、「そもそも」という話にしたいと思う。

女性は子供を産むのです。

そして女性以外子供は産めないのです。

「女性は子供を産むものです」と言ったらそれは、子供を産めない女性に対する差別だ、

というのは言い過ぎです。

女性でも産みたくない人も居れば、産めない人も居る。

それは別枠で考える事です。

多くの女性は産みます。だからそれはそれで良いのです。

けれど、産みたくても産めない人や、産みたくない人にも配慮をしましょう、

という事はまた別枠で考える事。

多数派が少数派に合わせるというおかしなことをするのではなく、

少数派が多数派に合わせる中で、少数派にも配慮をしましょう、

というのが正しい方法ではないのかと思う。

日本人の女性の生涯無子率は27%くらいで、世界的に見るとかなり高い方だ。

けれど、残りの73%は子供を産んでいる訳で、やはり多数派なのだ。


最近、ポリティカルコレクトネスなどが世の中を跋扈して、

多数派が少数派に合わせなければならない事例が多発している。

これを書いている自分もマイノリティなのだけれど、

自分は少数派なのだという自覚をずっと持っており、

少数派である自分に、世の中が合わせるべきだなどと思った事は一切無い。

自分が世の中に合わせるべきだと思って生きてきたし、そうする事によって、

社会の一員に加えて貰って平穏に生きて来られたと思っている。

自分が少数派で有るのにどうして、自分が一番エライと思ってしまうのか、

LGBT活動家などを見ていると本当に不思議に思う。

これは多分に人間性の問題なのだろうと思っている。


子供を産みたいのに産めない女性というのは本当に気の毒な事だし、

深く同情するのだけれど、それを世の中の標準にしろというのはやはり言い過ぎだ、

産めない人にも配慮する事を拡大解釈して、世の中の「普通のこと」を否定してしまってはいけないと思う。


ということで、ポリコレを振りかざされるとどうしても怯んでしまって、

強く反論が出来なくなってしまう場面が多々あるのだけれど、

ここに書いた程度の、ある程度強気な態度で反論するべき時が、

そろそろ来ているのではないかと思う。

行き過ぎたポリコレで世の中が本当におかしくなってしまっている。

少し揺り戻しをする時期が来ているのだと思う。

こういう事を「差別だ!」と大声で威圧的に言えば誰も反論できないだろう、

というのはそろそろやめたほうが良い。


行き過ぎたポリコレや左翼思想などへの反動が起きている。

ヨーロッパではオランダやイタリア、そして英国でも政治の世界で揺り戻しが起こっている。

イタリアのメローニ首相は移民政策やLGBT政策に反対し、発言を続けている。

オランダでも新しい首相が右に方向転換しようとしている。

アルゼンチンの新しい大統領も大ナタをふるっている。

ペルーではトランスジェンダーの人々を精神疾患患者として公式に分類する事にしたそうだ。

社会に適合出来ない人や社会を破壊しようとする人たちに社会のほうが合わせるべきだ、

というおかしな事を修正する動きが徐々に出始めている。

イタリアの首相やオランダの首相の事を日本のマスコミは「極右」と書く。

あたかも悪人でもあるかの様な印象操作だ。

保守というのは右ではあるが、「極右」というのは暴力を伴ったりする過激派を

言うべき言葉であって、単に「保守派」と書けば良いのだ。


ここに書いた事は個人的な意見だけれど、共同通信の記事、特に英語版については、

「悪意有る曲解、切り取りによる悪質な記事だ」とはっきり批判したいと思う。

本当に共同通信という偏向した会社が日本を代表する通信社であることが

日本にとって大きな不幸だと思う。

イタリア ジョルジャ・メローニ首相



極端な人々      現実的な判断を

活動家が跋扈する国      嘘をばら撒く人々

あんな人達に負けるわけにはいかない      活動家

かなりヤバい事になっている      危機感が必要

ポリティカルコレクトネス      ウォークキャピタリズムに流される

LGBTをもう一度整理


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