かわいひでとし日記
思うこと、こころもち、脳内風景


2014.11.04         配達証明の婦人


いつものように、渋谷からバスに乗った。

車内は空いているが、乗客の平均年齢は高い。

吊革につかまりながら、明治通りの風景を眺めていた。

原宿を過ぎる頃、車内にいた60歳くらいのご婦人が、

良く通る、はっきりした声で

「配達証明は受領致しました」

とおっしゃられた。

「言った」のではなく、「おっしゃった」と言った方が良いと思われるような、

気高さの有る話し方だった。


しばらくして、再びそのご婦人が

「配達証明は受領致しました」と、おっしゃっ た。


そうか、そうだったのか。

このご婦人は解らなくなってしまっていたのだ。


窓の外の景色を見ながら、自分の頭の中に、ひとつのストーリーが流れ始めた。


このご婦人は古くから続く家の奥さまなのだ。

夫は役所で管理職をしている。

息子も娘も結婚して、夫婦二人の生活をしていた有る日、

40年間全く知らなかった夫のある問題が明らかになるのだった。

既に自宅は抵当に入り、請求の電話が鳴り、配達証明郵便が届くのだった。

支払い請求、法的処置、差し押さえ、などの言葉が並ぶ文書が毎日届き、

居丈高な口調の男からの電話を受ける様になる。

先方からの電話に出た婦人は、答えるのだった。

気力を振り絞って、奥様としての威厳を保ちながら、はっきりした声で、

「配達証明は受領致しました」と。


次は北参道、と、アナウンスが流れた。

我に返ってボタンを押した。


北参道の停留所で下りてから、発車するバスの中に居る婦人を見送ったのだった。




生きているというのは、不安との戦いなのだと思った。

逃げ出したくなる様な事が起こる事も有る。

気弱になるのをぐっとこらえて、不安を打ち消しながら、

目をそらさずに正面から対峙して、

はっきり声を出して話をしなければならない事が有るのだ。


あの婦人は、心を強く覚悟して、電話の相手と話をしたのだと思った。




 


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